今日の記事は、ひと月前からぜひ書きたいと思っていたのですが、季節性がないテーマなので、花めぐり散歩ができていなくて話題に困った時に備えて、下書きに仮タイトルだけ書いて保存しておいたものでした。
そのタイミングは意外に早く来てしまいました💦
記事の副題は「昭和の彩りに乗って」かな^^;
ちょっとレトロなノリの記事になりますが、よろしくお願いします(╹◡╹)
☘️プロローグ
数週間前、近所のスーパーの特売コーナーに、こんな商品が並んでいました。
「大阪難波の自由軒のカレー」
会社に入って最初の勤務地;大阪にいた頃、何度か訪れたことのある、懐かしい老舗のカレーです。
自分が食べたくてせんべいを買うことは、近年はほとんどないのですが、この時は、“懐かしさ” と“今度いつ会えるかわからないという思い” に背中を押され、一袋手に取って買い物カゴに入れたのでした☺️
自由軒のカレーはこんな感じ。
簡潔に言うと、カレーピラフの中央に生卵が乗っている、という見た目です。味はこの説明よりももっともっと深いんですよ😉
自由軒とそのカレーライスについては、こちらのYouTuberさんの動画がとっても詳しいので、よろしかったらご覧ください^ ^
今回買った自由軒のカレーせんべいはこんな感じです。
ひと口かじってみました。
「あれ?なんで空洞があるの?」と思ったら。
2枚くっついていました。😂
ぬれせんべいなのですが、せんべいを超えてお酒のつまみになるような感じの味で、存在感のある食べ応えで美味しかったです♪
大阪難波の自由軒のカレーのことを思い出すと、20代前半だったあの頃のいろいろな出来事や感覚が思い出されます✨
しかし、実は、、今日の記事の「懐かしのカレーライス」とは、この自由軒のカレーではないのです🙇🏻♂️
初めて自由軒を訪れたあの日。
お店ののれんをくぐろうと思ったのは、今日の記事の「懐かしのカレーライス」が恋しくなり、老舗のカレー屋さんだったらあの懐かしのカレーライスと同じようなカレーライスが食べられるかもしれない、と思ったからでした。もちろん自由軒のカレーライスはオリジナリティがあってとっても美味しかったのだけれど、その時に僕が期待していたカレーとは違っていました😌
🍛懐かしのカレーライスのこと。
そのカレーライスは、大学に通う電車の乗り換え駅の駅前にあった大衆食堂の一角に店を構えた小さなカレー屋さんのカレーでした。
確かカウンターだけのお店。価格は300円台だったと思います。
オーソドックスなふつうのカレーライスで、ルーには玉ねぎ、じゃがいも、にんじんがしっかり入っていました。僕はいつも「たまごカレー」という、ゆで卵が乗ったカレーライスを注文していました。
イメージとしては上掲のイラストのような感じですが、お皿は丸ではなく舟型をしたアルミ製?の器でした。さらに、ゆで卵は輪切りで、カプレーゼみたいに並べられていました。下の写真にあるゆで卵の並び方みたいな感じですね、
カレー専門店の味ではなく、本当に庶民的な “ふつう” の味だったのですが、市販のカレーのルーとは何かが少しだけ違うその味がとっても好きで、大学のキャンパスではあえて昼ごはんを食べずに、帰宅途中の夕方に “遅めの昼ごはん” として食べて帰ることも時々ありました☺️
そのカレー屋さんがあった駅の名前は、埼玉県さいたま市の「大宮」駅。東北新幹線も通っている、おそらくは埼玉県で一番大きな駅です。
☺️あのカレー屋さんを訪ねて。
1ヶ月ほど前、花めぐりの散歩で埼玉県に行くことを決めました。その理由は、どうしても観たかったラベンダー畑のある場所が埼玉県にあったからです。その日の記事はこちらになります。
この記事のラベンダー畑の最寄駅である桶川駅に向かう電車に乗り換える駅が大宮駅でした。
大宮駅で下車するのは大学卒業以来初めて。真っ先に頭に浮かんだのが、あのカレー屋さんでした。
当日の大宮駅。
「うわー、昔とあんまり変わらないかも🤭」
当時、僕の実家は「東武野田線」というローカル線に乗ってかなり先の方にありました。
あのカレー屋さんは・・・その東武野田線の改札とは反対方向、駅の外に出る階段を降りてまっすぐ50メートルぐらいの距離です。
「もしまだあったらお昼はあのたまごカレーを✨」
そんな思いで足を早め、その場所付近に到着。
「・・・・・」
昔の面影は全くなく、その場所は「自転車駐輪場」になっていました。
「30年以上前だもん・・・そりゃそうだよな。」
「午後から天気が崩れる予報だし、もうラベンダー畑に向かおう。」
そう思い直して、僕はすぐさま引き返し、駅の改札の中に入りました。
✨シンクロニシティ?
乗りたい路線のホームを探していて、ふと目に入ったのがこちら。
『大宮横丁』
“日本のご当地メニュー食べ比べ”
雰囲気的には「なんか面白そう😃」
横の方にメニューのショーウィンドウがあったので近づいて見てみました。
そこで目にしたメニュー。
『埼玉 懐かしの大宮カレー』🫢
あのカレーライスであるような気がしました✨
値段は当時の3倍、とちょっと高いけど、このタイミングでの出逢い、こういうのをスルーしていてはほんのりワクワクは増やせない!
「よし、入店して食べよう!!」
ということで店内へ。
店内は・・・
昭和の芸能博物館でした😆
バンバン貼ります、店内の写真♪
ちなみに、僕が生まれる前の時代のものも含まれていることをお断りしておきます😅
「もう少しちゃんと撮影してくれば良かった🥲」って、今、ちょっと後悔しております🙇🏻♂️
さて、お待たせしました!
こちらが『懐かしの大宮カレー』です♫
輪切りのゆで卵は乗ってないけれど、ひと口食べてみてこう思いました。
「うん、この味だったような気がする☺️」
そして黙々と食べる、食べる、食べ続ける。
この時、店内で流れていた曲を、YouTuberさんにお借りします♪
聖子ちゃんのデビュー曲ですね。僕が高校1年生の時です。懐かしのカレーを食べながら、あの頃、友人から聞いたあるエピソードを思い出しました。
それは、当時、デビューしたての聖子ちゃんが民放ラジオで夜9時か10時ぐらいにやっていた生放送でのこと。番組にハガキを送っていた彼に聖子ちゃんから突然電話がかかってきて話をした、というものです。その時の会話で、聖子ちゃんから「彼女いるんですか?」と聞かれ、本当はいなかったのに「いる」って答えたら、聖子ちゃんから「うわーいいな、どんな子?」みたいな感じでさらに聞かれたので、「黒髪のロングで・・」みたいな内容で答えたと。それを聞いた僕が、「誰のこと?笑 それになんでいるって答えちゃったの?」って聞いたところ、「全国放送なのに彼女いないなんて言うの恥ずかしいじゃん!」と彼が即答したので、まだ “大いなる未成熟” だったその時の僕は、「いないのにいるって言う方がなんか恥ずかしいけど😵」って思ったことを思い出したのでした😅
カレーを食べ終わる頃、こう思いました。
「ここのお店の料金は、思い出再現のお値段込みなんだなぁ。そう思うと3倍も高くないかも😊」
🍃エピローグ
今日の記事のタイトル。
「✖️✖️✖️をもう一度」ですが、昔、なんかこういうタイトルあったよなぁ、って🤔
『いちご白書をもう一度』?
名曲だけどそれじゃなくて、もっと身近だった曲。
ずーっと考えていてふと思い出しました。
それはこちらの曲です♫
『あの素晴らしい愛をもう一度』
中学1年生の時の合唱コンクールの課題曲でした。
当時の中学生男子は、運動を一生懸命やる姿はカッコいいけど、歌を一生懸命歌う姿なんてカッコ悪い、女子の前で歌を歌うなんて気恥ずかしい、みたいな空気がありました。
それが「クラス対抗」「1位をとる!」いう大義名分が掲げられたことで、例外的に男子も思い切り歌っても良し、もはや歌わない方が男としてカッコ悪い、みたいな雰囲気が醸成されたんです。
そのひとときは、堅苦しい枠組みやしがらみから解放されるような、ありのままの自分で振る舞うことが許されるような感じがして、僕は毎年の合唱コンクールがとても好きでした♫
最近の中学生は、コロナ禍ゆえの制約が続いてイベントも中止になったりで、本当にかわいそうですよね。。それでも男子生徒たちは、僕らの頃のようなつまらない “カッコつけ” などせず、ありのままの心での自然なコミュニケーションで学校生活を楽しめているといいなぁ。
10代の頃のことと、数年前のことが、なんだか同じぐらいのちょっと前のことのように感じられるって不思議ですね。
自分が半世紀以上も生きてきたってことを思うと、これもなんだかとっても不思議。大病もせずによくこんなに長いこと生きてこれたな、みたいな☺️
でも、時間って、時計の針のスピード通りではなく、極めて主観的なものなのかもしれないなって思います。
なぜなら、小学生、中学生、高校生の頃に過ごしたあの頃の時間感覚を思い返すと、今よりも1年がもっと長く、いろいろなイベントが密度濃くぎっしり詰まっていたような気がするから。
これからの人生、暦の上でどこまで続くのかは “神のみぞ知る” ではありますけど、10代の頃までのあの時間感覚に近づくことができればできただけ、彩り豊かな心のアルバムも増えるんだろうなって思います♪
それを実現する鍵はきっとこれなのでしょうね。
「今を満喫♪ 」😉