HSP気質な僕のほんのりワクワクblog

ほんのりワクワクがたくさんの毎日を♪

『調和』の世界。

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これは、僕が若い頃から好きな藤城清治さんの影絵です。20年以上も前に美術館で買ったクリアファイルをスマホで撮影したものなので画質は落ちてしまっていますが、今、この影絵作品を見ていて、「あぁ、こんな世界、素敵だなぁ」ってしみじみ感じています。

この作品のタイトルは『生きるよろこび』

僕は、もともとこの作品に対してはメルヘン感が強い印象のみで、あまりこのタイトルの意味にもピンと来ていませんでした。

しかし、今、この作品を見ていると、これが「生きる喜び」を表現していることがよくわかるんです。

全ての存在が、不安を感じることなく、個性的な自分の生のエネルギーをありのままイキイキと表現していて、それらがどれもぶつかり合うことなく見事に調和している世界。

「こんな世界はとっても幸せだろうなぁ」って思うし、「そんな時代が早くこの地球にも来るといいなぁ、そんな世界で生きてみたいなぁ」って。

 

今、13年ぶりぐらいの、心がとても苦しい経験の最中にいます。解決の光はまだかなり先にあるかのように小さく見えている?感じです。

でもこんな時に、「人の優しさ」って、心に身体に沁みるものなのですね。この1週間で、僕はそんな優しさが心の奥まで入ってきた経験を何度かして、3回も涙ぐんでしまいました。もちろん周りに誰もいない時でしたが。

そのうちの1回は、泣き声もこぼれてしまってしばらく涙が止められませんでした。大人になってからこんなことは初めてでした。

今経験している辛い出来事が、このタイミングで僕にやってきた“目的”のひとつは、慣れすぎた長い人生で麻痺してしまっていたかもしれない、「人の優しさをちゃんと感じられる心の感度」を取り戻させてくれようとしているから、なのかもしれません。

 

こんな状況の真っ只中にいるのでかなり気持ちに余裕がなく、他のブロガーさんの記事もほとんど訪問できない日々がもうしばらく続いてしまいそうですが、どうかご容赦くださいm(_ _)m

“浅き春”を感じられる頃は、僕が昨年の夏から取り組んできたチャレンジの総決算のタイミングになります。その頃には笑顔も取り戻して、小さくてもほんのりした記事をこの場所に投稿できたらいいなぁって思っています。

最終ハードル。

「これじゃいけない。こういう心の状態はもういい加減にやめるんだ、って決めたのだから。」って何度も思いながらも、日が経つにつれて気持ちが下がっていく、そんな仕事始めの3日間でした。

昨日までは、ブログの記事も当分書く気持ちにはなれないし時間もない、って思っていました。

でもこの数時間で気持ちが急にスーッと楽になって、「少しだけブログ記事書いて投稿しよう」って気持ちが起きて、今こうして記事を書いています。

 

書きたくて書いているのですが、いつものようにゆっくり時間がとれないので、今日は章立てなしでこのまま徒然に書いていこうと思います。

 

昨日、気づいたんです。

今のこの状況は『人生の転機』、転機とは、心の成長の機会にできうるイベント、です。

振り返れば、入社以来、こんな転機が数度ありました。どれもその時はとっても辛かったけれど、振り返ってみればどれも「あの経験があったから今の自分がある」と思える学びがありました。

この10年あまりはそこまでの転機は起きなかったし、もうこのまま、あと数年先の定年まで行けるのだろう、と、僕は疑うことなしに思っていました。

でも、、、おそらく会社人人生としてはラストの一回、いきなりやってきました。

そしてこの転機は、これまであった数々の転機の中で、唯一まだ僕が心の成長につなげられていないものの「再出題」であると気づきました。

「そのイベントで心の成長のために学ぶ予定のことをちゃんと学ぶまでは、また同じようなイベントは何度でも起きる」の法則。この法則の存在を、僕はこれまでの人生経験から確信しています。

ついこの間まで、会社人生でもうそのような学び損ねはない、と思っていましたが、昨日ふと気づきました。

「まだひとつだけ学びの機会にできなかった、『苦』の思い出ででしかないイベントがあった。これはその17年前のイベントの再出題なんだ。。」

とりあえず一区切りになるゴールまでの “最後のハードル” に違いない。そう確信しました。

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今の状況が自分にとって、不運ではなく意味のあることであると気づけたことで、まず気持ちが少し楽になったのですが、この気づきだけで気持ちを楽にできたわけではありません。

まず、昨夜、会社生活を卒業されて現在は第二の人生をワクワク生きていらっしゃる先輩からいただいたメール。

「精神的にもきついと思いますが、今まで通りのしんちゃさんでいいんですよ。」

そして、現在チャレンジ中の取り組みの“同志”(年齢はずっと先輩です)の方から今朝いただいた、「その後如何ですか?」から始まる、長文のはげましLINEチャット。

それから、はてなブログをきっかけに、ブログの外で唯一ご縁を持たせていただいている “心の友” からのメール。

「しんちゃさんの行く道に間違いなどない、 そうきっぱり宣言しましょう。」

さらにはこの1週間投稿していなかったブログの年初の投稿記事を改めて見てみれば、18人の方のスターと3人の方のコメント。何のメリットもない細々とした運営の僕のブログに「わざわざ」来てくださる方がいらっしゃる現実にホッと心に温かいものが生まれます。その記事にコメントを書いてくださっている3人の方は、昨年の夏、僕がブログをやめる覚悟だった時に、「ブログ最後の思い出」の気持ちで個別にご挨拶に行かせていただいた何人かの方のうちの3人の方です。「そこからのご縁が今も続いているんだな・・・」って思ったら、さらに心に温かいものが増しました。

昨夜から今日にかけてのこんな相次ぐ出来事が、僕の自己肯定感を、元の位置の下のあたりぐらいまで戻してくれたように思っています。

 

今日の夕方、本屋さんで目に留まったこの本。

手に取って、目次をさっと眺めた後、「これはまさに今の自分に対するメッセージだ」って思いました。

「いちいち気にしない。反応しない。関わらない。」

この本の表紙を開くとその内側に書いてあるメッセージがこちらです。

放っていいことは放っておく。

そうすれば頭や心がすっきりし、

目の前の大事なことに集中できます。

わずらわしいことを最小限に抑えて、

人生をより楽しく、快適に、健やかに

生きることができるのです。

これは、17年前のイベントで僕が学び損ねていることです。思いがけずまた訪れてきたこの学びの機会を、少なくとも前回のように、学びなしの「苦」の経験にはしたくない。

その学びの経験に向き合っていく不安を鎮めて勇気を湧き起こすための “お守り” として、僕はこの本を買いたくなったんだな、って、今、そう感じています。

 

次回投稿する記事は、わざわざ読みに来てくださる皆さんに、もっとほんのりしていただけるようなトーンのものを書きたいと思っていますm(._.)m

神様からの“お年玉”2022

2022年の元旦。

東京の僕が暮らす町の朝はこんな青空でした^^

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家にいる時は、「風もない穏やかな晴天だなぁ」って思ったのですが、外に出てみると想定外の冬の冷たい体感。それでも氏神様の神社に初詣で足を運ぶと、町の人たちがお詣りの列を作っていて、それは鳥居まで続くほど長くはなかったけれど、「あぁ、やっぱりお正月なんだ^^」ってほんのり感じる光景でした(╹◡╹)

📱年の瀬の誓い。

つい先日、深夜までスマホに向かいながら書いたこの記事。

wakuwakushincha.jp

この記事を書きながら自分自身に誓ったことを要約すると、「まだ実際に起きてもいない環境の変化に心を右往左往させることからはもういい加減に卒業して、まず今ここを楽しむことの方を大切にする、そんな“輝かしさ”を持てる自分に“進化”したい」ということです。その理由は、そうなれた方が自分の人生に幸せが増えると確信したから。

この誓いをして夜が明けての大晦日、そして元旦の今日の朝、「それでいいからがんばってごらん♪」と背中を後押ししてもらったかのように感じられることがいくつかあったんです^^

これは、科学的視点では僕の“思い込み”になりますが、しかし思い込みでも何でも自分への勇気づけになればそれでいい、と思っているので、このことを、今日の記事のタイトルの通り、『神様からのお年玉』としてご紹介したいと思います^^

🌠大晦日の夜の奇跡。

この章の見出しは我ながら大げさです(笑)。

と前置きして話を進めます^^

昨日の大晦日の夜、世の中の約4割の人たちの中の一人として、僕も「紅白歌合戦」で過ごしました。

楽しみにしていた出演者は、MISIAさん、藤井風さんの2人。熱狂的なファンということではありませんが、日本のアーチストでは僕は今この2人が好きで、YouTubeでもチャンネル登録はしています。

昨夜の紅白で二人が歌ってくれた曲が、その前日の深夜に “誓い” を立てた僕にはとってもタイムリーで、「このタイミング、偶然とは思えない!」ということだったのです。

ここで注記しておきますと、僕の難点は、曲を聴く時、「ちゃんと歌詞の意味を理解して聴くぞ」ってしっかり覚悟を決めて?聴かない限り、歌詞は意味のあるものとしてなかなか入ってこないことです。

好きなアーチストなので、昨夜、MISIAさんと藤井風さんが歌った曲自体は以前から知ってはいたものの、意味が腑に落ちる感じでちゃんと歌詞が聴けたのはこの大晦日の紅白が初めて、でした。

🔥まずは『燃えよ』。

藤井風さんが歌った2曲目が『燃えよ』です。

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『燃えよ』

歌:藤井風  作詞・作曲:藤井風

しょげた顔をひっさげて
石ころを蹴っ飛ばして
太陽が泣いてるよ
ほら見上げてみて

ほんとは君の中で
くすぶる熱い光
太陽に叫ぼうよ
ほら見上げてみて

燃えよ
あの空に燃えよ
明日なんか来ると思わずに燃えよ
クールなフリ もうええよ
強がりも もうええよ
汗かいてもええよ
恥かいてもええよ

簡単じゃないかもね
でも難しくはない
迷いながら探すの
それはみんな同じ

燃えよ
あの空に燃えよ
明日なんか来ると思わずに燃えよ
クールなフリ もうええよ
強がりも もうええよ
汗かいてもええよ
恥かいてもええよ

確かなものにはKeep, hold on
なら明日のことなどNo, no baby
今日だけ見つめてPlease stay strong
毎日がBirthday, we are babies

あぁマジで何も怖くない
この風のって進め先へ

燃えよ
あの空に燃えよ
明日なんか来ると思わずに燃えよ
クールなフリ もうええよ
強がりも もうええよ
汗かいてもええよ
恥かいてもええよ

あの空に燃えよ

この歌詞は、前夜、僕が誓った「何よりまず今ここを目一杯楽しむことを最優先にする」「今ここ」が一致しています。

今ここにある楽しさに集中する上で有効な、まず不安や心配から集中を外すための心の持ち方のコツのように感じました。

「明日なんか来ると思わずに燃えよ」

さらには「人目なんて気にするな」「失敗したって別にいいじゃん、だって僕らはそれを糧に毎日成長した自分に生まれ変わってるんだからさ」

風くん、そしてきっとその後ろに隠れている “神様”、ありがとう!って思いました。

⛪️そして『Higher Love』。

MISIAさんが2曲目に歌った曲。この曲の作詞・作曲が藤井風さんということが僕的にはすでに“奇跡”です。それに加えて昨夜のコラボレーション、そもそもこれ自体が “お年玉” でもありました^^

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Higher Love

歌:MISIA   作詞・作曲:藤井風

届け higher love
この手にhigher love
この身の中に宿る確かな愛を引き上げて
届け higher love
その手にhigher love
二度ともう離したくないの
so give me higher love

この声を誰に届けよう
行き場のない寄る辺もない沈む私へ

この体を誰に委ねよう
汚れのない終わりのないあなたへ

遥か遠く遠く
いるような気がしてたけど
本当はいつも一緒だったのね
深い眠りから
目を覚ました今
静かにあなたに叫びます

届け higher love
この手にhigher love
この身の中に宿る確かな愛を引き上げて
届け higher love
その手にhigher love
何度も転んで私見つけたの
だからもう離したくないの
so give me higher love

この声をどこに響かそう
救いのない光もない暗闇の中へ

この体を誰に委ねよう
汚れのない終わりのないあなたへ

遥か遠く遠く
いるような気がしてたけど
本当はいつも一緒だったのね
深い眠りから
目を覚ました今
静かにあなたに叫びます

届け higher love
この手にhigher love
この身に与えられし果てしなき道かけ抜けて
届け higher love
その手にhigher love
何度も転んで私見つけたの
だからもう離したくないの
so give me higher love

何も知らぬまま 何度も傷ついたけど
先なんて見えなかった
雲に覆われた世界をはらってくれたものは

higher love

とっても難しい歌詞だけど、僕はこう解釈しました。

「実は誰の中にもhigher love(崇高な愛)の存在がいる。崇高な愛の存在は完璧な存在。その存在が自分の中にいることを信じて、思い込みや囚われの気持ちや考えを手放して今ここに集中して生きられれば、その存在とつながれてどんなことも上手くいくから不安や心配を抱くことなんかないんだよ」

これも、目の前の楽しさに意識を集中する上で邪魔をしている、不安や心配を鎮めるための心の持ち方のコツのように思いました。

この歌は、この意味を頭で考えて腑に落とそうとするよりも、MISIAさんのその神がかった声で聴くことによって、心と体に直接入ってくる様なものかもしれないなぁって感じます。

いずれにしても、「あなたの誓い、それでいいと思うから勇気を出してやってごらん」って背中を後押ししてくれているような“感じ”がしたのです。

🎍元旦の朝。

今年初めて出会った花木がこちらです。

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『椿』ですね ♪

でもまだ蕾が多いです。


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ふと子供の頃のことを思い出しました。

小学生の頃です。ある時僕は、椿のこの蕾がなんだかビー玉みたいな“素敵なアート”に見えて欲しくなってしまい、いくつもの蕾を枝からもいでズボンのポケットに詰め込んだのです。しかし、何の使い道もないことに気づいた僕は、家に帰る前にその蕾を全部ポケットから出して捨てたのでした。。

今、こう思います。

「あと少しでやっと開花しようという“生き物”に対して、僕はなんてことをしてしまったんだろう」

今の僕ならそんな “殺生” は絶対やらない。頭でそう考えるのではなく、「ありえない」。

そう思った時に、僕は少しホッとしました。

「長いこと生きてきて、人として確実に成長できている部分もあるんだな。。」

自己肯定感が落ちる一方のこの数ヶ月でしたが、こんな小さなことででも自分の確かな心の成長が実感できたことで、ほんの少しだけど自己肯定感が上がったような気がしました^^

やっぱり自己肯定感が上がってこないと、勇気を出して新しいことに踏み出すのって難しいので、元旦からきっと幸先のいい出来事ですね、これは(╹◡╹)

 

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輝かしく。

「輝かしく」

この花言葉を持つ花がこちらです。

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『冬薔薇』です^^

ほんの5日ほど前に、路面電車が走る線路沿いでこんな感じで元気に咲いていました♪

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「こんな冬にバラが咲くんだ・・」と少し驚きましたが、きっと今年最後に“出逢った”花がバラであったことがなんだか得したような気分になれました^^

 

話を冒頭の花言葉に戻します。

「輝かしく」

冬薔薇のこの花言葉の由来は、冬の冷たい北風にも負けることなく誇り高く咲く凛とした花の姿から来ているようです。

冬の冷たい北風にも負けることなく誇り高く凛と。

ここから少し章立てて書いて参ります。

✍️この2ヶ月の僕。

夏に飛び込んだ新しい変化には変わらず自分なりに懸命に取り組んでいましたが、それとは別のことで、胸とみぞおちの間のあたりにどんよりした重いものが留まり続けるような“苦悩”を久しぶりに体験した11月でした。

その悩みがなんとか解決したと思ったら、その次は、来年からの想定外の環境変化を知り、そのための準備に少し心揺らしながら時間に追われる師走。

その最中にも “うまくいかない小さな失敗” が数々起こり、気づけば僕が最近とてもよく口に出している独り言がこれになっていることに気づきました。

「なんでこんなことが起こるんだよ!😫」

「なんでこんなことやっちゃうんだよ!😖」

そんな独り言を発すれば発するほど、面白いほどにその独り言にマッチする経験が何度も起こる、この世は不思議な世界。

🗓1月のスケジューリング。

しっかり段取りを組んで見える化することで安心しようって思いました。

だから、仕事納めだった一昨日、帰宅後、在宅で勤務を再開し、1月の月間の仕事のスケジューリングをしました。

それでわかったこと。

この年末年始休日も含め、来月も休日を使って働かないと期日通りに自分が“常識”とするレベルで仕事を完遂することはできそうにない。

昨夜は、こんな嘆きの独り言が口からこぼれました。

「ダメだ!無理だよ、平日だけではどうにも終わらないじゃん!休日だって外せないプライベートの予定がしっかり入ってるのに、もういつやればいいんだよ・・。」

🚕12月30日。

それでも、年末年始休日初日は、「一旦流れを切ろう」って思いました。だからとにかく仕事はしないと決めて。

朝から車の洗車をして、昼前に、夏からスタートしているチャレンジに関することをやり、そして昼下がりからは独りで車でスーパーへ年末年始の買い物に。

車を運転しながら浮かんできたこと。

「望まない忙しい状態が続くとなんでこんなに不幸せな気持ちで一杯になるんだろう。」

でも、そういう僕だって僕は “知ってる” から、思い返せばこれまでの人生、不安を察知するとそれを一刻も早く排除することを最優先にする心の使い方で生きてきました。そう、まるで、“ウィルス駆除ソフト”のように。

その“ウィルス”が早期に“駆除”できた時はまだいい。しかし、なかなか駆除できない時、その間、僕の心の半分は、「今ここ」ではないどこか “よその世界” に行ってしまっているような気がします。そのせいで、「今ここ」でもっと感じることができたはずの幸せの機会も、きっとずいぶんたくさん損失してきているのだろうって思います。もったいない。

🤔妄想優先の人生?

この夏に出逢った異業種の“同志”の男性のことを、ふと思い出しました。

彼は、つい先月、(感染防止対策は万全の)外食施設で(マスク会食を徹底しながら)終電近くまで楽しみ、帰宅して就寝したのが深夜2時半。2時間半睡眠で5時に起床してゴルフへ出掛けました。

彼は僕と同世代。20代の頃のように無理のきく身体ではないと思います。僕なら、もし翌早朝から出発のゴルフの予定が入っていたら、そもそも前日の夜にそのような予定は入れません。入れたとしても早々に帰宅して翌日に備えます。でも彼は、前日の夜を心行くまで「まず楽しみきって」、そして翌朝からのゴルフも大いに満喫したのです。

その話を聞いた時、僕は彼に尋ねました。

「そういう時、次の日のことが気になって楽しめなかったりとかしませんか?」

彼は一言。

「いや、私はないですね。(しんちゃさんは)気になりますか?」

僕の返答はもちろん、「ええ、私は気になってしまってダメですね。。」

彼からは一言、「あぁ、気になりますか・・」

そんな彼のことを思い出した時、僕は思いました。

「もしかしたら、世の中の多くの人って、先の心配をして憂ったり備えたりするよりも、今目の前に確実にあることをまず楽しもう、って生きているのかもしれないなぁ・・」

不安ってなんだろう?

実際にはまだ起きていない、言うなれば自分の推測、実際は起きないかもしれない、ともすれば「妄想」

一方、「今ここを楽しむ」こととは、リアル時間での実行動が伴った「実在の経験」

人生は有限。「妄想に大半の時間を使う人生」「今ここをまず楽しむ人生」「あなたはどちらを選びますか?」って問われたら、僕だって、後者を選ぶ。それなのに実際の生き方は前者の方が多いように思うのです。

こんなふうに書くと、これまでの人生を不幸に思っているように読めてしまうかもしれませんね^^;

こんなふうだというのに、もし「あなたの人生は幸せですか?」と問われれば、実は迷わず「はい!」と答えられます。そんな僕は間違いなくものすごく幸運なのだと思いますm(._.)m

🌹冬薔薇のように。

冬薔薇の花言葉、「輝かしく」

冬の冷たい北風にも負けることなく誇り高く凛と。

冬薔薇はきっと北風に「負けない」のではなく、その存在をありのままに認めながらもそれに影響されずに自分の望むがままに今を生きているのだと思います。

社会で生きていく上で、先を予測して必要に応じてそれに備えることは有効だし、それは僕の強みと言える個性的スキル。だからそれを手放すつもりはないけれど、でも、時にそれが延々続く妄想になってしまい、今目の前のささやかな幸せを味わう機会を無意識に放棄してしまう “世にも不思議な生き方” はもういい加減やめにしたい。

少なくとも来春までは時間的にとても忙しい毎日は続きそうだけど、それはそれとしてありのまま認めながらも、だからといって目の前の今を楽しむことを自動放棄しないこと、できることなら、やる羽目になった「いそがしさ」が「忙しさ」とならないよう、積極的にその中に楽しさを見い出そうと試みること。どうしても妄想してしまうなら、もうその妄想すらせめて楽しんでやれたい。

「環境の変化に心を右往左往させることより、まず今ここを楽しむことを大切にする」を良しとする自分。そんな“輝かしさ”を養っていきたい、2021年の終わりにそう思っている自分がいます。

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🍀年納めのご挨拶。

2021年もあと少しですね。

『経験』というのは、「事柄・出来事」だけでなく「それに対する自分の気持ち・考え」の両方で創られているものだそうです。

そうだとするなら、2022年は、自分の外側でどんなことが起きるにしても、自分の気持ちや考えを自分が心地よく幸せに感じられるものに変えられた分だけ、自分にとって良い経験が増やせるはず。

そう信じて新しい年を迎えたいと思います。

 

皆さまも良いお年をお迎えください(╹◡╹)

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ほんのり優しい気持ちになれる日

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2021年のクリスマスがやってきましたね♫

上掲の写真は、先月末に行った尾道で泊まったホテルのロビーで撮ったものです^^

今日の記事は言葉であれこれ語るよりも、「感じる」ことを優先して、クリスマスに相応しい“ほんのり優しい気持ち”で記事を創りたいと思います。

🎄去年のクリスマス。

実際はクリスマスより少しだけ早めでしたけど、こんな記事を書きました^^

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舞台は東京・丸の内エリア。

ここのところ、ずっと慌ただしい毎日なので、いや、だからこそあえて気分転換、と思って今年も行って参りました、同じ場所へ。

🎄東京ミチテラス2021。

今年のメイン光景はこちらです。

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テーマは「夜明けの光景」

明けない夜はない。様々な苦難を乗り越えて迎える今年のクリスマスは「新しい時代の幕開けになる」。そんなコンセプトで創られたイルミネーションだそうです。

さらに2段階寄りますのであらためてご覧ください♪

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パープルトーンの落ち着いた、それでいて暖かさも感じるこの感じ、僕はとても好きです♫

「夜明けにするぞ。」って静かに心に誓いたくなる、そんな気持ちにさせてくれる感じがしませんか^^

さて、ここから先は、解説なしでご覧いただこうと思います^^2021年丸の内エリアのクリスマス・イルミネーションです♫

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🎄大学通りのイルミネーション。

なかなか上手に撮れなかったのですがm(_ _)m、春は桜並木で有名な国立市・大学通りのイルミネーションも少しご覧ください^^

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🎄このクリスマスソングを。

昔から今に至るまで、クリスマスのシーズンになると、この声で歌われているこの曲がどこかで流れていて耳にするような、そんな気がします^^

なんだかほんのり優しい気持ちにさせてくれ、過去に過ごしたクリスマスの日の気持ちがなんとなく思い出されるようなそんな声、そんな歌です。その優しい歌声の素敵なオリジナル動画をYouTubeにアップされている方がいらっしゃったのでお借りします♪

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この記事の結びは、今年の年初の冬の思い出の、こちらの絵はがきにします^^

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笹倉鉄平「アドベントの窓辺」2015年

皆さまの今年のクリスマスが、ほんのり優しい気持ちで過ごせるひとときとなりますように^^

最強の『交通安全御守』。

数週間前、とある表彰をしていただいたんです。

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その表彰でいただいたものの一つがこちらです。

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『優良安全運転管理者』の盾。

日々の車両の運行管理業務に対して、警視庁さん(表彰式は所轄の警察署)からいただいた賞です。

思い起こせば、勤務している会社の中で表彰されたことは少しぐらいはあるものの、社会的な立場で会社の外から感謝状という名の表彰を受けるのは人生初です。

🚙 受賞理由。

何か特筆すべき善い行いをしたのかと言えば、全くそんなことはなくて。

指折り数えるなら、会社で「安全運転管理者」を一定年数務めていること、任期期間中の自事業所における重大事故発生が0件であること、そして、個人として無事故無違反履歴が9年であること。

同じような方は世の中にたくさんいると思います^^;

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受賞決定の電話連絡を受けた時も、そして表彰式の当日も、「何か特別なことをした」という実感がない僕的には、警察の方から何度「おめでとうございます!」って言われてもどうもピンとこなくて。。

もちろん、「ありがとうございます^^」とは返すものの、なんだか儀礼的な感じになってしまう自分に対して、「感謝力に欠陥ありなのかなぁ・・」なんて考えてしまったりもして。

🚙 授賞目的。

冷静に考えてみるに、僕が出席した所轄警察署での表彰式に、同じ賞を授与されていた方は15人ぐらいは出席していましたし、この褒賞の主旨は、安全に対する、より一層の意識づけの拡大を目的として、毎年一定の人数を表彰していくこと自体に意義があるだろうな、って思います。

残念ながら、授賞してくださった警視庁さんに、大きな喜びを表現することを通じた感謝の意を表せない僕なので、せめて表彰してくださった警視庁さんの真の狙いに応えられるよう、この機会を「交通安全への意識をより一層高めるきっかけにしなくちゃ」とは思っているのです。

🚗 運転免許取得の思い出。

思い起こせばもう30年以上も前のこと。

入社予定の会社(今も働いている会社)から、「大卒文化系は運転免許を取得しておくこと」を、入社までの“宿題”とされていました。

誰も車の免許を持っていない家で育った僕は、そんな宿題が出なかったらおそらくずっと免許はとらなかったんじゃないかな、って思うわけですが、運命のいたずらで免許をイヤイヤ!?とるはめになったわけです。

免許取得のための最終実技試験は、翌月の4月からは社会人、というギリギリのタイミング。

なんと僕は、その試験がもうあと少しで終了という、普通ならもう誰も間違えないような場所で走行コースを間違えて一発アウトになってしまったのです。

その理由は、

徹夜の麻雀で一睡もせず試験に臨んだから。

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重要なイベントを翌日に控えていたというのに、今の僕では到底考えられないような行為を行ったのは、あえてとってもポジティブに捉えるなら、「先のことがあれこれ心配にならず、今ここを満喫する力が高かったから」かもしれません(><)

ちなみに再試験の前日はムキになってたくさん寝たので、無難に合格しました。

こうして始まった、僕のカーライフ。

🚗 30年前の関西での運転

今はどうだかわかりません。あくまで僕が運転していた30年ぐらい前の、関西の先輩ドライバーさんの走行に対する「僕の印象」の話をします。

①黄色は「急げ」。

僕が卒業した埼玉県の教習所では、信号の黄色は、「原則として、新たに交差点に進入してはいけない。」と教えていました。「但し、安全に停車できない場合を除く」もついていたとは思いますが。

初心者ドライバーとして関西の道路にデビューした僕は、その教えの原則に忠実に、黄色に変わった時は停まろうとブレーキを踏むわけですが、その瞬間、何度、後続車からものすごいクラクションを鳴らされたことでしょう。びっくりして思わず反射的にアクセルを踏み込み、もう明らかに赤の信号の交差点を走り抜けたことは何十回もありました。

しかし今思うと、後ろの車は、黄色の信号を見て、「急がないと!」って交差点を突破する気100%でアクセルを踏み込んでいたのでしょうから、僕がそのまま停まってしまっていたら、きっとものすごい追突をされてしまっていたに違いありません。

うん、身の安全のためにも致し方なかった。

でも、この「黄色は急げ」の感覚が、それから約25年後に、危うく命を落としていたかもしれない追突事故を引き寄せることになります。

②ウィンカーを出さずに左折。

記憶の限りでは、結構いました、そういう車^^;

最初の頃は、「ん?停車するのかな?」って戸惑いましたが、そのうち、「あ、これはたぶん曲がるつもりだな」って予測できるようになりました。

今振り返ると、当時の経験は、「ルールや常識を鵜呑みにせず、自分の目と感覚でちゃんと確認する」という感覚を身につけるのに役に立ったようには思います。

 

🚔「一歩間違えば」な体験。

そのエピソードは、下掲の過去記事で書いた4つのエピソードのうちの2つです。

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その2つのエピソードは、今の僕の安全運転意識を支えるとても大きな経験です。その経験で得たことをあらためて胸に刻み直すためにも、今日の記事で再掲させていただこうと思います。

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◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

🚓1988年のエピソード

入社2年目、大阪で営業セールスをしていた時の車両事故です。場所は京都。その週の睡眠時間は連日4時間程度、そして前日の睡眠時間が3時間でした。

一方通行で流れる国道(171号線)を直線走行中、ほんの数秒(だと思うのですがわかりません)、いつの間にかハンドルを握ったまま静かに眠りに落ちてしまい、「はっ!」っと目が覚めると、正面行き止まりのT字の交差点手前から数メートルの距離。

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急ブレーキを踏みながら右に急ハンドルを切り続けるも、あまりの急ハンドルに、車両はブレーキ音を立てながら左前方にスライド、その先にあるガードレールの切れ目のポール部分に真っ正面からぶつかる形で停まりました。バンパー〜ボンネットはグジャグジャでした。

衝突時のスピードは40キロぐらいだったでしょうか、、これも実際はわかりません。

あの時、もしもう少し目が覚めるのが遅かったら。

T字交差点の真正面は、ガードレールがなく、人が歩くことが可能な道がありました。もし、ガードレールのポールにぶつかるのではなく、人が歩いているところに突っ込んでいたら。

その日の夜、独身寮の風呂で一緒になった同僚が、今でもたまに僕に言います。

「あの日の夜、しんちゃの胸についていたシートベルトの跡は、今でも鮮明に覚えてるよ、、、」

 

🚓2016年のエピソード

父の葬儀が終わって約1週間後の土曜日です。下の娘と2人で実家の母を訪れた帰り道の夜でした。自宅まであと車で15分の距離。

交差点を直進中、右側から赤信号無視で直進してきたワゴン車に、自車両の右後ろのタイヤのあたりに追突を受けました。

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相手の方は夜の勤務を終えたばかりの看護師さん。駅までご家族を迎えに行くためにハンドルを握っていたそうですが、とてもお疲れだったのでしょう、一つ先の青信号を見てそのまま直進してしまったとのことでした。

僕の車は前輪駆動のミニバンです。

追突された瞬間、反射的にブレーキを踏み続けてしまったのが原因なのでしょう、車は、前輪を起点にして、時計回りでゆっくりと回転し始めながら直進を続けたのでした。まるでアイススケーターが片足を軸にゆっくりと弧を描いて滑るかのように。

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僕はその時、確信しました。

「何かに衝突するまでもう車は止めようがない。」

そして思わず娘にこう発しました。

「●●ちゃん、ダメだ、ぶつかる!」

僕は、助手席に座る娘を左手で強く引き寄せて、何かへの衝突に備えることしかできませんでした。

その瞬間。

「ガタガタガタガタ!!!ガタン。」

と大きな音がして、車は止まったんです。

車から出てみると、僕の車両は、なんと、反対車線から見て交差点手前の停止線のあたりで、まるで向こうからやって来てふつうに停まった車かのように、180度回転してきちんと停車していたのでした。

おそらくは、車道と歩道の段差の部分に車体が並行に沿えるような絶妙な角度で、左側のどちらかの車輪から段差の真下に入れたことで、段差が、左側の両車輪のストッパーになってくれたようです。

加えて、その歩道に設置されていたポール型の標識が左ドアミラーに接触した形跡があったので、この標識も車体が歩道に乗り上がらないようにストッパーになってくれた可能性があります。

交差点内で追突されたことによる車の損傷は大きかったのですが、その後に負った車の損傷はほぼかすり傷、僕も娘も無傷、歩行する人を巻き込むこともなく、相手の方も無傷、そして相手方責任100%で決着したこの事故は、おそらく「ものすごい奇跡」なんだと思います。 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

🚕 前回書かなかったこと。

再掲した2つのエピソードを書いた過去記事のタイトルが、『“見えない何か”に守ってもらった・・』だったこともあり、各々のエピソードで、書くのをやめた “裏話” があります。

😪1988年の物損事故

この時に事故をした車は、確か走行キロ数が10万キロをゆうに超えていたこともあり、修理するよりも廃車にした方が明らかに安く済んだそうです。しかし、それを当時の事業所の安全運転管理者の方(営業所長さん)が、あえて修理することを選択してくれたのでした。

その理由は。

「廃車にするとなると、本人の始末書を添えて本社に報告を出さないといけない。しかし、そうなるとまだ入社2年目の彼(僕のこと)のキャリアになんらかの傷がついてしまいかねない。彼の将来のために金がかかっても修理対応で納めよう。」

これはその安全運転管理者の方から直接聞いた話ではなく、その部下の方からこっそり教えてもらった話です。

かかった修理費用は確か「80万円」。世間知らずの若者の極みだった当時の僕には、その対応の有り難みはほとんど理解できていませんでした。

🚥2016年のもらい事故

実は・・・交差点に進入する数メートル手前で、青の信号が黄色に変わったことを認知した瞬間、「停まろうと思えばなんとか停まれるな」って思いながら、「黄色は急げ」でアクセルを踏んだことを覚えています。

もしそこでブレーキを踏んでいたら、停止線はオーバーしたかもしれないけれど、それでも交差点に進入する手前ではきっと停まれていたはずって思うのです。

その日は父の葬儀が終わった一週間後で疲れもあり、「あと15分ほどで自宅。もう23時前だし早く帰りたい。」という思いが勝り、いつもならおそらくブレーキを踏んでいるはずがその日はアクセルを踏んでしまったのです。

自分のいつも通りの判断と行動をとっていたらあの事故はなかったのだ、と思うと、僕のその判断のせいで愛娘を危うく命の危険に遭遇させてしまったことに対して、今思い返しても、心がグッと詰まるような感じがするのです。

🟧ドミノライン。

こうして改めて振り返ってみると、僕の運転キャリアの大半というのは、「質的」には決して『優良』とは言えません。

実際に、今から10年前までは、何年かに一度の頻度で、「駐車禁止」「一時停止未実施」「左折専用車線での直進」といった違反切符を切られていましたし。

しかし、「2016年の奇跡」は、僕の中に、車両運転における「安全」に対する考え方を強固に確立させてくれました。

この奇跡が、それ以前にあった、車の運転に関する数々の“まだ腑に落とし切れていなかった学びの経験”を、ドミノのように過去に向かって逆倒ししながら一本の繋がりを持たせて腑に落としてくれたような、そんな感じがするのです。

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繋がったそのドミノラインから生まれてきた信条。

「油断・慢心すればいつでもすぐに事故は起こる」

その日に事故がなかったというのは決して当たり前のことではなく、文字通り、とても「有り難い」こと。

車はとっても便利で快適だけれど、一瞬で、確実に命を奪える「走る凶器」になりうるということ。

そして車の運転とは、どんなに誠実に生きてきた善良な人であっても、一瞬で、誰かの人生、同時に自分自身の人生をご破算にしてしまうパワーを持っているということ。

そして車を運転しているのは、喜怒哀楽があり、それぞれが信じる正しさを最優先に生きている「人間」という生き物であるということ。

 

僕は、自身が車を始動する直前には必ず、ウィンカーレバーにぶら下げた「小さな交通安全のお守り」に触って「お願いします」とつぶやきます。そして運行を終え無事に駐車場に着き、エンジンを停止する直前にもまた「お守り」を触って「ありがとうございました」とつぶやく。

会社の車両運行管理業務では、運転をするみんなに、「下手でもいいから、何が何でも事故しない、の気持ちで!」「安全は別格最優先」と、事あるごとに伝えています。そして「大事故を起こせば、被害者、自分、家族の人生が崩壊してしまう」ことの怖さを定期的に思い出してもらうことが、事故に遭う確率を下げる上で最も肝要なことだと信じています。

それに・・・30年以上前に80万円かけて事故車を修理対応してくださった営業所長さんに対するせめてもの恩返しの意味でも、社用でハンドルを握る社員の人たちの安全を守る「努力をする」責務が、僕にはあるような気もしているのです。

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🍀最強のお守り。

ここまでの文章は、昨日の夜に書きました。「明日、少し手直しして投稿しよう」でログアウトでした。

そして今朝。

起床してしばらくすると、ふいに、モヤモヤと不快感が湧いてきたのです。

「昨夜はなんだかとってもしょうもない記事を書いてしまった気がする(><)  投稿するのはやめておいた方がいい。ずっと下書きに置いておこう。」

この時は迷いなくそう思いました。

その理由は、前章で書いた、「自分が心がけていること、実践していること」の列挙によって、僕の心の底に「自分はこれだけ気をつけてやれているのだから、まず大丈夫」という「油断と慢心」が芽を出してしまったように感じたからだと思います。

 

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会社仕事タイムが終わり、夜になりました。

前向きな捉え方が戻ってきました。

実は、今朝感じたこの「モヤモヤと不快感」の感情こそが、油断と慢心の芽を出させないための『交通安全の最強のお守り』なのかもしれない。

会社での車両運行管理の仕事に携わることはおそらくあと数年、個人として車を運転することもきっとあと15年強ぐらいでしょう。

その時が来るまで、警視庁さんからの表彰をきっかけに得られた、この『交通安全の最強のお守り』を無くさないように心の片隅にしっかり持っておこうと心して、この記事を結びたいと思います。

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優しい心でいられる町。

この風景の写真は、先月末に僕が訪れた“観光地”で、ベストフォトスポットと言われている場所から撮ったものなんです。ここがどこだかお分かりになる方はいらっしゃるでしょうか^^

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この手前の建物は、足利二代将軍義詮が建立した「天寧寺」というお寺にある「三重塔」です。そして、遠方に見える橋は「尾道大橋」という名前の橋です。

橋の名前で分かってしまいますね^^;

はい、ここは広島県の尾道です^^ 

今日の記事では、5年ぶりに訪れた尾道での2日間の “思い出” を形に残したいと思います。

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🍀僕と尾道の関係。

尾道は亡き父の育った町です。ここには、僕が3歳の時に他界した祖母が建てたお墓があります。僕にとって尾道は、父が眠るそのお墓があるだけで、面識のある人は全く誰もいない “田舎” です。

本当は来年が父の7回忌なのですが、来年、また何らかの規制がかかって、来たくても来れなくなることもあるかもしれないと思い、行ける時に行っておこう、と思い立っての今回の尾道でした。

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🍀尾道の町。

本来、自分の田舎であるにも関わらず、僕はこの町に人生を通じて7回ぐらいしか来たことがありません。それゆえ、尾道に関する知識は、一般観光客レベルしかないのですが、そんな僕なりにこの町の素敵な空気をお伝えできれば、と思いながら写真をアップしていきます^^

 

まず尾道の印象ですが、「瀬戸内海に面したお寺と坂道の町」と言う感じでしょうか。

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この記事冒頭に貼った写真の三重塔がある天寧寺には、ここから上がっていきます。

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境内から少し遠方の三重塔を見上げて。

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このお寺には五百羅漢の御堂があるのですが、五百羅漢像を写真撮影することは良くない気がしたので手を合わせるだけにし、その代わりに、御堂の中の壁に貼ってあった、『あいだみつをさんの言葉』を撮らせてもらいました。

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「みんなみている  ちゃんとみている」。

そんな風に見えないものを信じて生きられれば生きられるほど、心の平穏が増して生きやすくなるのかもしれないな、って、これを読んだ時、思いました。

さて次は、この尾道のお寺の中で観光的に?最も有名な千光寺がある山頂に上がるロープウェイからの風景です^^

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山頂から尾道水道を臨みます。


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山頂から山麓まで降りる道に、「猫の細道」と名付けられた小道がありました。


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「道のいたるところに猫がいるんだろうか♪」って少しワクワクしながら、その細道を下りました。

「あ。猫、いた♪」

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この細道のシンボルが『福石猫』と名付けられた、尾道出身のデザイナーさんが制作した“石の置物”です。道の途中、何度か目にしました^^

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途中のカフェでちょっとブレイク♪

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下まで降りてくる途中で、この日はほとんど猫に出会えず、ちょっと残念でした。
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途中で、何度か下から登ってきた観光客の人とすれ違いましたが、みんな息が切れていて、「この細道は絶対下るに限る」って胸に刻みました^^;

🍀放浪記。

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この像は、林芙美子さんという昭和前期の作家です。当時の尾道の女学校卒なのだそうです。ベストセラーになったデビュー作が『放浪記』。写真の中の記念碑の文章、読めますでしょうか。

『海が見えた 海が見える 五年ぶりに見る 尾道の海はなつかしい』

「五年ぶり・・・。僕と同じだな。」

銅像を前でこの文章を読んだら、芙美子さんの当時の気持ちがなんとなく感じられた気がしました^^

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『放浪記』。読んだことはないのに、なんかよく耳にしたことがあるタイトルだなぁ、ってずっと思っていました。

今回、こうして記事にするにあたり、ちょっと調べてみようと思い、ネット検索してみてみると。

「あーーーー!、そうだったんだ・・・」

『放浪記』は、あの森光子さんがライフワークとして2,017回も演じ続けた舞台のタイトルでした。

あれはもう15年ぐらい前のことでしょうか、80代半ばを過ぎた森光子さんが、そのお芝居の中で「でんぐり返し」をする名物演技を、もう高齢だから危険という理由で禁止された、という内容のニュース記事を読んで、言葉にできない思いが胸に湧いてきたことを思い出しました。

晩年、森光子さんは、入院中の枕元にいつもこの『放浪記』の台本を置いていたそうです。

森光子さんが演じる、その舞台を見てみたいなぁ・・・

そう思いながら、ネット検索してみると、なんとAmazonで森さんが演じる舞台のDVDボックスが販売されていました!

でもちょっとお値段高め・・。どうしよう、と考えながら中古品を検索すると、非常に良いコンディションの半額品を発見。「これはもうご縁!」、もう流れに任せ、購入しました!

森さんの戒名は「恵光院放誉花雪逗留大姉(けいこういんほうよかせつとうりゅうだいし)」だそうです。とても長い戒名ですね。意味は、「放った恵みの光は多くの人の心に留まる」だそうです。

森さんの役者人生そのものとも言える『放浪記』の舞台を鑑賞する中で、まず作者・林芙美子さんの思いを感じ、それをきっかけとして自分の中での尾道に対する思いもさらに深まったりするといいなぁって思います^^

🍀祈り。

今回、尾道に一泊2日で訪れたメインの目的は、記事の冒頭で書いた通り「お墓参り」でした。

お寺の御住職は外勤されていてお話をすることが出来なかったのが残念でしたが、五年ぶりのお墓掃除、そしてお供えをして。

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いつも水を入れている器に、「親父、好きだったし、ビール注いじゃおう!」とひらめいて♫

お墓の前に1時間半ほどいる間に、何度か入れ替えた350ml缶のビールの中身は空になりました^^

ふと見ると、掃除を終えた墓石に一匹の小さな蜘蛛が。

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この蜘蛛、下から上がってきたのではなく、なぜか墓石の上から下にスルスルスルって降りてきたんですよ。

「もしかしたら親父?それともこのお墓を建てたおばあちゃんかな?」

そんなことを思いました^^

お墓の前で手を合わせて御先祖様に伝えた祈りの「結び」はこれでした。

皆さんに対する一番の供養は、僕が幸せな家庭を築き、そして娘たちに「家族っていいものだな」って思いを持たせて巣立ちさせてやることだと思っています。幸せな血縁として未来へ繋いでいくことが、今生きている僕の役目。いろいろなことがあって気疲れしてしまうこともありますけど、それを信じてがんばって生きていくので、これからも見守ってください。お願いします。

合掌を解いて目を開くと、思いがけず何か込み上げてくるものがあって涙がこぼれそうになりました。こういうことは初めての経験でした。

ちょっと疲れていたのかもしれませんね^^

🍀この町の優しさの象徴。

JR尾道駅の駅前です。平日ということもあるのでしょうが、人はまばらです。

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駅から海沿いに3分ほど歩いたところに、こんな小さな食事処がありました。


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こちらの食堂の名前は、『しみず食堂』

ネットで調べたところ、戦後からもう70年以上も続いているお店とのこと。

「親父も中高校生の頃、来たことあるのかもしれないな・・」

そんなことを思ったら、ここで昼食をとりたくなり、お店ののれんをくぐりました^^

これは店内の突き当たりの窓際のテーブル席。

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店内全体もこの写真の雰囲気を全体に拡げたような感じです。壁にはメニューはもちろんのこと、来店したお客さんが書いた一言コメントメモがたくさん貼ってあり、その中には見覚えのある芸能人の写真とコメントもありました^^

年配のご夫婦お二人で営まれているのですが、ここのおかあさんが本当に気さくな方で、料理をされているご主人もこのおかあさんの話にタイミングよく相槌と合いの手を入れられて、「仲良くずっとやってこられたんだなぁ」って、穏やかな温かい気持ちにさせてもらいました^^

このお店で僕が注文したのはこちらです。

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まず奥の煮付けの魚。

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名前を聞くと、おかあさんとご主人、声を揃えて、『タモリ!』と。

尾道のスーパーでも売っている瀬戸内海でとれる魚だそうですが、後でネットで調べてみると、正式名称は『瀬戸鯛』でした^^

柔らかくて美味しい白身魚でしたが、何より煮付けの汁が、薄味の優しいお味なのに確かな美味しさが滲み出てくるような感じの絶品でした♫

僕が9割方食べ終えた魚の皿を、おかあさんが一旦引き揚げて、しばらくしてまた持ってきてくれたのがこの『あら汁』

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「こうすると美味しくきれいに全部食べれるからね!」と、おかあさん。

 

そして『尾道ラーメン』

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「うわ、なんか優しい味で美味しい♫」

こちらのスープも、これまでに食べた尾道ラーメンのスープとは何か違う絶妙な隠し味があるように感じられて、「なんの味なんだろう?」って思いながら食べているうちにスープは全部無くなっていました(笑) おかあさん曰く、「お店によって味は違うからねー♪」

このお店でのひとときは、平穏でとっても優しい気持ちにさせてくれました。次回、尾道を訪れた時も必ずまた行こう、って思います^^

東京に帰ってきてからネットで調べてみたら、こんなニュース記事がみつかり、なんだか嬉しくなりました♫

www.tfm.co.jp

🍀尾道の海。

お墓参りがメインの旅だったので、時間の制約から、同一エリアでの海しか見ることができなかったのですが、それでもやっぱり海の写真を並べたいです^^

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日の入りの2ショットです♪

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次の写真は、しまなみ海道の島々の中で一番近い「向島」との往復フェリー乗り場です。観光用と思いきや、車や自転車、そして徒歩の人、と、とてもたくさんの人が日常の足として利用している風景が新鮮でした。

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“夜” の尾道水道。実はまだ18時頃の光景なのですが、もうすっかり夜です^^;   しかし、日常の足であるフェリーは、この後まだ数時間は往復の運行を続けるようです。
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🍀尾道を発つその前に。

帰りはこの電車でまず福山に戻ることになります。

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その数時間前、どんより曇り空の下で、この尾道の海を背にして。

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本当に思いがけず僕の口から無意識にフッとこぼれた小さな声でのつぶやき。

「もっとここにいたいな。」

ここには、東京目線でのワクワクは「なんにもない」、それに、これはコロナ禍自粛の流れもあるでしょうが19時にはほとんどのお店が閉まってしまって、夜はホテルでテレビを観て過ごすしかやることがなかったりするけれど・・・でも、プライスレスな「優しい海」「優しい人たち」「優しい味」で創られた優しい気』がある。

思考を使わない、素の僕が最も望んでいる幸せって、「平穏で優しい時間が流れる生活」なのかもしれないな、って思いました。

諸行無常、変化が常のこの世界でそれをいかに成しえるか、それが僕にとってのライフテーマなのでしょう。

その答えは、きっと自分の外側でなく内側にあるんですよね。

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ブログをやっていたおかげで、今回、こんな風に尾道の記事が書ける機会が持てて幸せです^^