HSP気質な僕のほんのりワクワクblog

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最強の『交通安全御守』。

数週間前、とある表彰をしていただいたんです。

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その表彰でいただいたものの一つがこちらです。

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『優良安全運転管理者』の盾。

日々の車両の運行管理業務に対して、警視庁さん(表彰式は所轄の警察署)からいただいた賞です。

思い起こせば、勤務している会社の中で表彰されたことは少しぐらいはあるものの、社会的な立場で会社の外から感謝状という名の表彰を受けるのは人生初です。

🚙 受賞理由。

何か特筆すべき善い行いをしたのかと言えば、全くそんなことはなくて。

指折り数えるなら、会社で「安全運転管理者」を一定年数務めていること、任期期間中の自事業所における重大事故発生が0件であること、そして、個人として無事故無違反履歴が9年であること。

同じような方は世の中にたくさんいると思います^^;

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受賞決定の電話連絡を受けた時も、そして表彰式の当日も、「何か特別なことをした」という実感がない僕的には、警察の方から何度「おめでとうございます!」って言われてもどうもピンとこなくて。。

もちろん、「ありがとうございます^^」とは返すものの、なんだか儀礼的な感じになってしまう自分に対して、「感謝力に欠陥ありなのかなぁ・・」なんて考えてしまったりもして。

🚙 授賞目的。

冷静に考えてみるに、僕が出席した所轄警察署での表彰式に、同じ賞を授与されていた方は15人ぐらいは出席していましたし、この褒賞の主旨は、安全に対する、より一層の意識づけの拡大を目的として、毎年一定の人数を表彰していくこと自体に意義があるだろうな、って思います。

残念ながら、授賞してくださった警視庁さんに、大きな喜びを表現することを通じた感謝の意を表せない僕なので、せめて表彰してくださった警視庁さんの真の狙いに応えられるよう、この機会を「交通安全への意識をより一層高めるきっかけにしなくちゃ」とは思っているのです。

🚗 運転免許取得の思い出。

思い起こせばもう30年以上も前のこと。

入社予定の会社(今も働いている会社)から、「大卒文化系は運転免許を取得しておくこと」を、入社までの“宿題”とされていました。

誰も車の免許を持っていない家で育った僕は、そんな宿題が出なかったらおそらくずっと免許はとらなかったんじゃないかな、って思うわけですが、運命のいたずらで免許をイヤイヤ!?とるはめになったわけです。

免許取得のための最終実技試験は、翌月の4月からは社会人、というギリギリのタイミング。

なんと僕は、その試験がもうあと少しで終了という、普通ならもう誰も間違えないような場所で走行コースを間違えて一発アウトになってしまったのです。

その理由は、

徹夜の麻雀で一睡もせず試験に臨んだから。

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重要なイベントを翌日に控えていたというのに、今の僕では到底考えられないような行為を行ったのは、あえてとってもポジティブに捉えるなら、「先のことがあれこれ心配にならず、今ここを満喫する力が高かったから」かもしれません(><)

ちなみに再試験の前日はムキになってたくさん寝たので、無難に合格しました。

こうして始まった、僕のカーライフ。

🚗 30年前の関西での運転

今はどうだかわかりません。あくまで僕が運転していた30年ぐらい前の、関西の先輩ドライバーさんの走行に対する「僕の印象」の話をします。

①黄色は「急げ」。

僕が卒業した埼玉県の教習所では、信号の黄色は、「原則として、新たに交差点に進入してはいけない。」と教えていました。「但し、安全に停車できない場合を除く」もついていたとは思いますが。

初心者ドライバーとして関西の道路にデビューした僕は、その教えの原則に忠実に、黄色に変わった時は停まろうとブレーキを踏むわけですが、その瞬間、何度、後続車からものすごいクラクションを鳴らされたことでしょう。びっくりして思わず反射的にアクセルを踏み込み、もう明らかに赤の信号の交差点を走り抜けたことは何十回もありました。

しかし今思うと、後ろの車は、黄色の信号を見て、「急がないと!」って交差点を突破する気100%でアクセルを踏み込んでいたのでしょうから、僕がそのまま停まってしまっていたら、きっとものすごい追突をされてしまっていたに違いありません。

うん、身の安全のためにも致し方なかった。

でも、この「黄色は急げ」の感覚が、それから約25年後に、危うく命を落としていたかもしれない追突事故を引き寄せることになります。

②ウィンカーを出さずに左折。

記憶の限りでは、結構いました、そういう車^^;

最初の頃は、「ん?停車するのかな?」って戸惑いましたが、そのうち、「あ、これはたぶん曲がるつもりだな」って予測できるようになりました。

今振り返ると、当時の経験は、「ルールや常識を鵜呑みにせず、自分の目と感覚でちゃんと確認する」という感覚を身につけるのに役に立ったようには思います。

 

🚔「一歩間違えば」な体験。

そのエピソードは、下掲の過去記事で書いた4つのエピソードのうちの2つです。

wakuwakushincha.jp 

その2つのエピソードは、今の僕の安全運転意識を支えるとても大きな経験です。その経験で得たことをあらためて胸に刻み直すためにも、今日の記事で再掲させていただこうと思います。

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◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

🚓1988年のエピソード

入社2年目、大阪で営業セールスをしていた時の車両事故です。場所は京都。その週の睡眠時間は連日4時間程度、そして前日の睡眠時間が3時間でした。

一方通行で流れる国道(171号線)を直線走行中、ほんの数秒(だと思うのですがわかりません)、いつの間にかハンドルを握ったまま静かに眠りに落ちてしまい、「はっ!」っと目が覚めると、正面行き止まりのT字の交差点手前から数メートルの距離。

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急ブレーキを踏みながら右に急ハンドルを切り続けるも、あまりの急ハンドルに、車両はブレーキ音を立てながら左前方にスライド、その先にあるガードレールの切れ目のポール部分に真っ正面からぶつかる形で停まりました。バンパー〜ボンネットはグジャグジャでした。

衝突時のスピードは40キロぐらいだったでしょうか、、これも実際はわかりません。

あの時、もしもう少し目が覚めるのが遅かったら。

T字交差点の真正面は、ガードレールがなく、人が歩くことが可能な道がありました。もし、ガードレールのポールにぶつかるのではなく、人が歩いているところに突っ込んでいたら。

その日の夜、独身寮の風呂で一緒になった同僚が、今でもたまに僕に言います。

「あの日の夜、しんちゃの胸についていたシートベルトの跡は、今でも鮮明に覚えてるよ、、、」

 

🚓2016年のエピソード

父の葬儀が終わって約1週間後の土曜日です。下の娘と2人で実家の母を訪れた帰り道の夜でした。自宅まであと車で15分の距離。

交差点を直進中、右側から赤信号無視で直進してきたワゴン車に、自車両の右後ろのタイヤのあたりに追突を受けました。

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相手の方は夜の勤務を終えたばかりの看護師さん。駅までご家族を迎えに行くためにハンドルを握っていたそうですが、とてもお疲れだったのでしょう、一つ先の青信号を見てそのまま直進してしまったとのことでした。

僕の車は前輪駆動のミニバンです。

追突された瞬間、反射的にブレーキを踏み続けてしまったのが原因なのでしょう、車は、前輪を起点にして、時計回りでゆっくりと回転し始めながら直進を続けたのでした。まるでアイススケーターが片足を軸にゆっくりと弧を描いて滑るかのように。

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僕はその時、確信しました。

「何かに衝突するまでもう車は止めようがない。」

そして思わず娘にこう発しました。

「●●ちゃん、ダメだ、ぶつかる!」

僕は、助手席に座る娘を左手で強く引き寄せて、何かへの衝突に備えることしかできませんでした。

その瞬間。

「ガタガタガタガタ!!!ガタン。」

と大きな音がして、車は止まったんです。

車から出てみると、僕の車両は、なんと、反対車線から見て交差点手前の停止線のあたりで、まるで向こうからやって来てふつうに停まった車かのように、180度回転してきちんと停車していたのでした。

おそらくは、車道と歩道の段差の部分に車体が並行に沿えるような絶妙な角度で、左側のどちらかの車輪から段差の真下に入れたことで、段差が、左側の両車輪のストッパーになってくれたようです。

加えて、その歩道に設置されていたポール型の標識が左ドアミラーに接触した形跡があったので、この標識も車体が歩道に乗り上がらないようにストッパーになってくれた可能性があります。

交差点内で追突されたことによる車の損傷は大きかったのですが、その後に負った車の損傷はほぼかすり傷、僕も娘も無傷、歩行する人を巻き込むこともなく、相手の方も無傷、そして相手方責任100%で決着したこの事故は、おそらく「ものすごい奇跡」なんだと思います。 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

🚕 前回書かなかったこと。

再掲した2つのエピソードを書いた過去記事のタイトルが、『“見えない何か”に守ってもらった・・』だったこともあり、各々のエピソードで、書くのをやめた “裏話” があります。

😪1988年の物損事故

この時に事故をした車は、確か走行キロ数が10万キロをゆうに超えていたこともあり、修理するよりも廃車にした方が明らかに安く済んだそうです。しかし、それを当時の事業所の安全運転管理者の方(営業所長さん)が、あえて修理することを選択してくれたのでした。

その理由は。

「廃車にするとなると、本人の始末書を添えて本社に報告を出さないといけない。しかし、そうなるとまだ入社2年目の彼(僕のこと)のキャリアになんらかの傷がついてしまいかねない。彼の将来のために金がかかっても修理対応で納めよう。」

これはその安全運転管理者の方から直接聞いた話ではなく、その部下の方からこっそり教えてもらった話です。

かかった修理費用は確か「80万円」。世間知らずの若者の極みだった当時の僕には、その対応の有り難みはほとんど理解できていませんでした。

🚥2016年のもらい事故

実は・・・交差点に進入する数メートル手前で、青の信号が黄色に変わったことを認知した瞬間、「停まろうと思えばなんとか停まれるな」って思いながら、「黄色は急げ」でアクセルを踏んだことを覚えています。

もしそこでブレーキを踏んでいたら、停止線はオーバーしたかもしれないけれど、それでも交差点に進入する手前ではきっと停まれていたはずって思うのです。

その日は父の葬儀が終わった一週間後で疲れもあり、「あと15分ほどで自宅。もう23時前だし早く帰りたい。」という思いが勝り、いつもならおそらくブレーキを踏んでいるはずがその日はアクセルを踏んでしまったのです。

自分のいつも通りの判断と行動をとっていたらあの事故はなかったのだ、と思うと、僕のその判断のせいで愛娘を危うく命の危険に遭遇させてしまったことに対して、今思い返しても、心がグッと詰まるような感じがするのです。

🟧ドミノライン。

こうして改めて振り返ってみると、僕の運転キャリアの大半というのは、「質的」には決して『優良』とは言えません。

実際に、今から10年前までは、何年かに一度の頻度で、「駐車禁止」「一時停止未実施」「左折専用車線での直進」といった違反切符を切られていましたし。

しかし、「2016年の奇跡」は、僕の中に、車両運転における「安全」に対する考え方を強固に確立させてくれました。

この奇跡が、それ以前にあった、車の運転に関する数々の“まだ腑に落とし切れていなかった学びの経験”を、ドミノのように過去に向かって逆倒ししながら一本の繋がりを持たせて腑に落としてくれたような、そんな感じがするのです。

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繋がったそのドミノラインから生まれてきた信条。

「油断・慢心すればいつでもすぐに事故は起こる」

その日に事故がなかったというのは決して当たり前のことではなく、文字通り、とても「有り難い」こと。

車はとっても便利で快適だけれど、一瞬で、確実に命を奪える「走る凶器」になりうるということ。

そして車の運転とは、どんなに誠実に生きてきた善良な人であっても、一瞬で、誰かの人生、同時に自分自身の人生をご破算にしてしまうパワーを持っているということ。

そして車を運転しているのは、喜怒哀楽があり、それぞれが信じる正しさを最優先に生きている「人間」という生き物であるということ。

 

僕は、自身が車を始動する直前には必ず、ウィンカーレバーにぶら下げた「小さな交通安全のお守り」に触って「お願いします」とつぶやきます。そして運行を終え無事に駐車場に着き、エンジンを停止する直前にもまた「お守り」を触って「ありがとうございました」とつぶやく。

会社の車両運行管理業務では、運転をするみんなに、「下手でもいいから、何が何でも事故しない、の気持ちで!」「安全は別格最優先」と、事あるごとに伝えています。そして「大事故を起こせば、被害者、自分、家族の人生が崩壊してしまう」ことの怖さを定期的に思い出してもらうことが、事故に遭う確率を下げる上で最も肝要なことだと信じています。

それに・・・30年以上前に80万円かけて事故車を修理対応してくださった営業所長さんに対するせめてもの恩返しの意味でも、社用でハンドルを握る社員の人たちの安全を守る「努力をする」責務が、僕にはあるような気もしているのです。

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🍀最強のお守り。

ここまでの文章は、昨日の夜に書きました。「明日、少し手直しして投稿しよう」でログアウトでした。

そして今朝。

起床してしばらくすると、ふいに、モヤモヤと不快感が湧いてきたのです。

「昨夜はなんだかとってもしょうもない記事を書いてしまった気がする(><)  投稿するのはやめておいた方がいい。ずっと下書きに置いておこう。」

この時は迷いなくそう思いました。

その理由は、前章で書いた、「自分が心がけていること、実践していること」の列挙によって、僕の心の底に「自分はこれだけ気をつけてやれているのだから、まず大丈夫」という「油断と慢心」が芽を出してしまったように感じたからだと思います。

 

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会社仕事タイムが終わり、夜になりました。

前向きな捉え方が戻ってきました。

実は、今朝感じたこの「モヤモヤと不快感」の感情こそが、油断と慢心の芽を出させないための『交通安全の最強のお守り』なのかもしれない。

会社での車両運行管理の仕事に携わることはおそらくあと数年、個人として車を運転することもきっとあと15年強ぐらいでしょう。

その時が来るまで、警視庁さんからの表彰をきっかけに得られた、この『交通安全の最強のお守り』を無くさないように心の片隅にしっかり持っておこうと心して、この記事を結びたいと思います。

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